ほそくながく

鍵盤楽器を演奏します。

やりたいことは、0.01でもいい。0(ゼロ)にしない。

たとえそれまでバリバリ活躍していた人でも、プロとして活動していた人も、子育て、介護、その他さまざまの事情により、活動や仕事が難しくなることが充分にあり得ると思う。

 

学生のとき、駆け出しの若いときは、実力と人脈さえあればやっていけると思ったり、なんでも自分次第であると思いこんでいることのほうが多い(あながち間違いではないが)。自分以外の人物、あるいは自分ではどうしようもない事情によって、大きく左右されてしまうということが、想像付かない、考えもしないことが多いんじゃないかと思う。

 

おとなになれば、誰にでもそういう状況になる可能性がある。

 

そんな余裕が取れないときに大事なことは「細く、細く、でいいから、ゼロにしてやめてしまわない」というところのみに注力することかなと思う。

 

音楽なら、年に一回、あるいは数年に一回、人前で演奏する機会を持ったり、それを目標にしたりする。発表会で、コンクールで、コンサートで、友人知人のウェディングで、職場のパーティで大小問わず、ごくごく、細くていいから、0にしないようにする。

 

プロの方の場合は、年に一回でいいから報酬を頂いて演奏したり、コンサートを企画し入場料を頂き、成功にするようにもっていく。

 

など。

 

何年も休む場合でも、何年も休んだからもうできない、ということはない。いつでも戻れるんだ。そういう意識が大切だと思う。

好きな音楽やスポーツをする時間を、毎日1分でも、週に5分でも。

育児がひと段落したら、介護が落ち着いたら、仕事が落ち着いたら、昔習ってたピアノをやってみたい。。と、思っている人は多いと思う。その気持ちは鍵盤楽器に携わるものとしてもとても共感できるし、ピアノ以外の楽器でも、スポーツでも、あると思う。

 

特に、育児や介護のように「自分以外の何かに、毎日、24時間(就寝中も例外ではなく。それこそトイレに行く時間やタイミングまで)予定を左右される」という状況にある人はその願いも切なるものではないか、と思う。

 

そして周囲の人からも「ひと段落したら、習い事ができたり活動の幅も広げられるわよ」と言われることも多いんじゃないか。きっとその日を楽しみにしつつも毎日を頑張っておられるのだと思う。

 

ただ、同時に、「ひと段落してだんだん自由になれるという保証がどこにあるんだ!」という不安も抱えているんじゃないかな、とも思っている。例えば育児がひと段落したところで次は介護が、という人も数多くいるはず。仕事が落ち着いたと同時にまた激務になる案件が待っている、という場合もあろう。パートナーの転勤が、という場合もあろう。

 

大人になって気づいたことのひとつに、特に家族のことになると、『何をどうしてもその人がいないと始められないので、絶対にいてくれなきゃ困る』という立場に置かれる人っているんだ」ということがある。ちょっと極端だけど「芸をやっているなら、家族の緊急の場合でも舞台に・・」というのが「物理的に」不可能である、という立場の人とでも言い換えればいいだろうか。。そういう人は特に、上記のような不安が大きいんじゃないかな。

 

だからこそ最近考えているのは「やりたいなと思っていることは、ひと段落したら、ではなくて、今、自分の健康面や周りとのバランスも考えながら毎日1分とか週に5分とかでいいからやったほうがいいんじゃないか」ということ。

 

優しい人、責任感のある人は周りのことばかり考えてしまうし、実際背負っているものが多い人ほどいろいろ考えると思う。だから、細く細く、0.1mmくらいの糸でもいいし、ダイレクトにやりたい事じゃあなくてもその周辺の関わりのあることでもいいと思うんだ。たとえば音楽なら寝る前にちょっと音楽を聴くとかでもいいと思う。

 

とにかく、ゼロにしない。めちゃくちゃちょっとでいいから、関わっておく。ということが大事なんじゃないかと。

 

世の中には周りから金銭面でもある程度の援助を受けられたり(生活の心配をしなくていいというのは大きいのだ)、精神面でもある程度の理解やバックアップを得られて、活躍しやすい状況にある人っていうのはいる。それはそれで、その環境に感謝しながら、思いっきり羽ばたけばいいと思う。

 

一方で、ピアノや音楽はそういう恵まれた立場にいる人だけのものでもないと思うんだ。スポーツもそうだと思う。(その点ではスポーツの方が種目特性はあるものの一歩リードしているような気もする)

 

ゼロにしないための工夫・・っていろいろあるはず、きっと・・。

 

そんなことを考えている最近です。